サイトへ戻る

世界と繋がること

わからないからこそ

· 世界

インターネットが普及し始めた頃(まだダイヤルアップ接続)、海外とメールやチャットでやり取りをして、ドキドキしたことを覚えています。

当時はまったく英語ができなかったので、辞書を片手に何時間もかかって、なんとか言葉を伝えたりしていました。

それから語学留学をきっかけに英語を一から学び、少しずつコミュニケーションが取れるようになっていきました。

最初は友達が出来ただけで、挨拶が出来ただけで、日常会話が出来ただけで嬉しかったです。

しかしそれと同時に、私が見てきた世界とは、なんと偏っているのかとショックを受けました。

観光で訪れたり、ニュースで知るような情報ではなく、生きた本当の情報が知りたいという気持ちになりました。

そして、内戦中のスリランカでは今まで体験したことのない状況にたくさん出会いました。

しかしその渦中に居ても、やはり本当のことはわからないままだったりもしました。

その後、ビジネスでも海外に頻繁に行くようになり、日本人が来るはずもないような場所に面白い商品があったり、信じられないくらい素敵なマインドの方々に出会うようになりました。

それでも本当のことなんてわからないし、何が正しいとは言い切れないけれど、世界には私にはわからない価値観、ググっても出てこない情報がたくさんあり、一生かかっても「わかった」とは言えないと感じました。

「わかること」よりも、「わからないこと」があるからこそ、相手への興味が尽きない。

これって、どんな人間関係でもそうなのかもしれません。

価値観も趣味も同じではなく、すべてをわからないからこそ、仲良くなれるんだと思う。

今年はコロナウイルスの影響で、すべての出張がなくなりました。

次はいつ行けるのかわかりません。

でもインターネットのおかげで、私たちは繋がることが出来ています。

見えない絆が、私達を結んでくれています。

会えないからこそ、今まで以上に想像力をはたらかせ、思いを馳せるのかもしれない。

 

今は、日本人同士でもちょっとしたボタンの掛け違いで誤解を生んでしまったり、コミュニケーション不足で真意が伝わってなかったと反省することが多いです。

「世界」とは、外国のことではなく、誰もがそれぞれが持っているもの。

言語が同じ「日本語」であっても、それぞれが持っている文化は違うのです。

日本人同士でも、相手の「世界」をリスペクトし、尊重する。

批判や不満を言うのではなく、「そんな世界もあるんですね、それも素敵ですね」と言い合えるようなコミュニティを作っていくことが、コロナ禍でギスギスしたこの時代に、最も必要な気がしてなりません。

 

すべての投稿
×

もう少しで完了します。

あなたのメールアドレスにメールを送信しました。 読者登録の承認のため、届いたメールのリンクをクリックください。

OK